創建1250年記念「奈良 西大寺」展 叡尊と一門の名宝

【東京展】三井記念美術館 2017年4月15日(土)〜6月11日(日)

【大阪展】あべのハルカス美術館 2017年7月29日(土)〜9月24日(日)

【山口展】山口県立美術館 2017年10月20日(金)〜12月10日(日)

チケット情報

第1章西大寺の創建

奈良、平安期の至宝
「塔本四仏坐像」と「十二天像」

西大寺の創建は天平神護元年(765)。光明皇太后の信任を得て淳仁天皇を擁立し権力を握った藤原仲麻呂と孝謙上皇との抗争(恵美押勝の乱)鎮定を祈願して、称徳天皇(孝謙上皇重祚)が造営を始めました。
乱の鎮定後、今度は、僧道鏡が天皇の寵愛を受けて権力を握り、皇位を狙いますが失脚。政情は大いに動揺し、やがて都は長岡京を経て平安京に移っていきます。
西大寺は、鎮護国家仏教として栄えた南都六宗の都、平城京最後のきらめきとして残されることになりました。

  • 「釈迦如来坐像」「釈迦如来坐像」
  • 「阿弥陀如来坐像」「阿弥陀如来坐像」
重文
「塔本(とうほん)四仏坐像」のうち
「釈迦如来坐像」「阿弥陀如来坐像」(奈良・西大寺)

西大寺には創建後間もなく東塔・西塔の2基の塔が建てられました。この4軀の如来坐像は、そのいずれかの塔の初層(1階)に安置されたと伝えられています。奈良時代後期を中心に流行する木心乾漆の技法により制作されています。西大寺創建に近い時期までさかのぼり、4軀まとまって伝わる貴重な仏像です。各像の名称は後世のものと考えられます。

  • 「閻魔天像」「閻魔天像」
  • 「火天像」「火天像」
  • 「帝釈天像」「帝釈天像」
  • 「水天像」「水天像」
国宝
「十二天像」のうち「閻魔天像」「火天像」「帝釈天像」「水天像」
(奈良・西大寺)

十二天像は密教の修法道場を守護する護法神です。1幅に1尊ずつ脇侍とともに画面いっぱいに描かれています。この画像の当初の伝来は不明ですが、おおらかな趣をたたえ、制作は9世紀までさかのぼると考えられます。十二天画像としては、現存最古の作例であり、12幅完存していることも非常に貴重です。
※会期中、5月14日(日)までは「帝釈天像」「火天像」を展示し、後期5月16日(火)からは「閻魔天像」「水天像」に展示替えをいたします。

第2章叡尊をめぐる信仰の美術

国宝新指定の「興正菩薩坐像」と
秘仏「愛染明王坐像」が揃って出陳

都が平安京に移された後、奈良の寺社は苦難の時代を迎え、創建直後にバックボーンを失った西大寺の状況は深刻でしたが、鎌倉時代に中興の祖、叡尊が登場します。
若くして真言密教を学んだ叡尊は西大寺に入り、寺を伝統的な律宗の教えと密教を組み合わせた「密・律兼修の道場」としました。
僧侶や市民の集う「光明真言会」を創始、救済事業を進めるなど精力的に活動し、その教えは大いに広まりました。
叡尊はそのかたわら、愛染明王坐像や本尊釈迦如来立像、大黒天像などの造立を発願し、「大茶盛」を始めるなど、西大寺独特の文化をつくり上げました。

「興正菩薩坐像」(奈良・西大寺)
国宝
「興正菩薩坐像」(奈良・西大寺)
「愛染明王坐像」(奈良・西大寺)
重文
「愛染明王坐像」(奈良・西大寺)

愛染堂の秘仏本尊であり、現在も美しい彩色を留めています。宝治元年(1247)叡尊と弟子たちは、西大寺に三宝(仏・法・僧)が永く伝えられることを求めて発願・結縁し、仏師善円(善慶と同一人物)が造立しました。この年は叡尊が僧堂を造営した年に当たり、当初は叡尊が三宝久住の強い願いをこめて僧堂に安置したと考えられています。
「愛染明王坐像」は前期[4月15日(土)〜5月14日(日)]の展示となります。

「文殊菩薩騎獅像及び四侍者像」(奈良・西大寺)
重文
「文殊菩薩騎獅像及び四侍者像」(奈良・西大寺)

この形式の五尊像は、中国五台山の文殊信仰に基づくもので、渡海文殊として鎌倉時代に多く制作されました。叡尊は文殊信仰に基づき多くの民衆救済の事業を行っており、文殊菩薩像も造像しています。この像は叡尊の没後弟子たちが発願して造像されたもので、叡尊の十三回忌に完成し、文殊堂の本尊とされました。現在は本堂西脇間に安置されています。
※東京展は「文殊菩薩坐像」「善財童子立像」「最勝老人立像」を展示します。

「聖徳太子立像(孝養像)」 (奈良・元興寺)
重文「聖徳太子立像(孝養像)」 (奈良・元興寺)

聖徳太子が16歳のとき父・用明天皇の病気平癒を祈る姿を表しています。叡尊は聖徳太子を救世観音あるいは如意輪観音の化身として篤く信仰していました。この像は文永5年(1268)5千名近い人々が結縁して、仏師善春らにより造立されました。結縁者の中には叡尊の弟子も多く、叡尊による太子信仰の広まりを物語っています。

第3章真言律宗の発展と一門の名宝

浄瑠璃寺の秘仏
「吉祥天立像」を特別公開

叡尊の教えは全国各地の多くの寺院にも広がっていきました。東国では、叡尊のもとで学んだ忍性が鎌倉を拠点として貧民救済など社会福祉事業や道路・橋梁(きょうりょう)の建設などに尽力し、鎌倉幕府の要人から庶民まで広く信仰を集めました。
畿内や西国でも叡尊に連なる律僧たちが寺院の復興や社会事業に従事し、江戸時代には奈良・生駒に宝山寺を興した湛海らが活躍。
明治期に入ると廃仏毀釈や宗教統制の荒波にさらされますが、教義を貫き法灯を守りました。
現在、真言律宗には元興寺、浄瑠璃寺、岩船寺、不退寺、海龍王寺、般若寺、白毫寺、宝山寺など、関西を中心に多くの名刹が名を連ねます。

「吉祥天立像」(京都・浄瑠璃寺)
重文「吉祥天立像」(京都・浄瑠璃寺)

吉祥天は奈良時代以来、「吉祥悔過(けか)」という法要の本尊として祀られてきました。普段は本堂厨子のなかに秘仏として安置され、美しい彩色を今に伝えています。ふくよかな容姿、繧繝彩色の文様を施された衣、風をはらんだ袖など薬師寺所蔵の吉祥天画像(8世紀)に通じる天平美人を彷彿とさせます。建暦2年(1212)の造立。
「吉祥天立像」は6月6日(火)〜6月11日(日)の展示となります。

「太山王坐像」(奈良・白毫寺)
重文
「太山王坐像」(奈良・白毫寺)
「不空羂索観音坐像」(奈良・不空院)
重文
「不空羂索観音坐像」(奈良・不空院)
「普賢菩薩騎象像」(京都・岩船寺)
重文
「普賢菩薩騎象像」(京都・岩船寺)
「忍性菩薩坐像」 (神奈川・極楽寺)
「忍性菩薩坐像」 (神奈川・極楽寺)

叡尊の弟子、忍性は民衆救済に尽力するとともに、鎌倉の極楽寺に住し、戒律復興の教えを東国に広め、根付かせました。

画像提供:奈良国立博物館
重要文化財「塔本四仏坐像」(部分、奈良・西大寺)……撮影:森村 欣司
国宝「十二天像」のうち「閻魔天像」「火天像」「帝釈天像」「水天像」(奈良・西大寺)……撮影:佐々木香輔
国宝「興正菩薩坐像」(奈良・西大寺)……撮影:森村 欣司
重要文化財「愛染明王坐像」(奈良・西大寺)……撮影:森村 欣司
重要文化財「聖徳太子立像(孝養像)」 (奈良・元興寺)……撮影:佐々木香輔
重要文化財「吉祥天立像」(京都・浄瑠璃寺)……撮影:佐々木香輔
重要文化財「太山王坐像」(奈良・白毫寺)……撮影:森村 欣司
重要文化財「不空羂索観音坐像」(奈良・不空院)……撮影:森村 欣司
重要文化財「普賢菩薩騎象像」(京都・岩船寺)……撮影:森村 欣司
「忍性菩薩坐像」 (神奈川・極楽寺)……撮影:佐々木香輔
画像提供:飛鳥園
重要文化財「文殊菩薩騎獅像及び四侍者像」(奈良・西大寺)……撮影:飛鳥園
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